ウォークマン開発ストーリー Vol.10

WM-600(1990

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Part1. ひらめき、そして交渉

仕事を終えて駅に向かう途中、ふと「カセットテープのA面中央には必ずネジ穴がある。これを検出すれば、カセット面が判るのでは?」とひらめきました。
次の日、早速、カセットテープの規格を確認しましが、ネジについての規格は存在していませんでした。つまり、たまたまA面の同じような場所にネジがあっただけなのでした。この時は少しがっかりしました。
しかしそのネジは、どのカセットテープを見ても、やはり同じ場所にあるように見えました。そこで、身近にあるカセットテープについて、その位置を測ってみたところ、全て同じ面の、ほぼ同じ場所に同じような直径で存在していることが分りました。
集計したところ、その位置はカセットテープの位置決め用ガイド穴端面から3.5ミリ離れた場所に直径3ミリ以上の大きさで、その深さ、つまりカセットハーフ面からネジの頂上までの凹寸法は1ミリ以上が確保されていることが分りました。これならスイッチで検出できると確信しました。

そこで、さらに多くのカセットテープを確認するため、国内だけでなく海外からも送ってもらいました。しかし、海外品の一部に、B面にネジがあるものが見つかり、さらに海外にはミュージックテープ(録音済)が多く存在し、それらにはネジ穴のないものがあることが分りました。 そこで、これを利用した機能は国内のウォークマンに限定することにしました。また検出不能テープによる録音時の失敗を避けるため、録音機には使わず、再生機専用にすべきと考えました。

早速、上司に話したところ、すぐに賛同してもらえました。そして、上司と一緒に、A面ネジ穴の検出寸法を書いた図面を持って、日本の各カセットテープメーカーに伺い、現状のネジ穴位置を継続していただけるよう、お願いしました。そして、どの会社からも快く了解してももらうことが出来ました。因みに当時は、このとき伺った3社と自社(ソニー)の了解をとれば、日本で流通しているカセットテープのほぼ100%をカバーすることが出来たのです。そして最後に、自社のカセット部門にお願いしたのですが・・・何と、応じてくれませんでした。
理由は、実は3ヶ月ほど前から、ネジの代わりに溶着構造を採用し、全てのネジを廃止した、ネジ穴のないカセットテープをすでに発売していたからでした。しかし、ここであきらめる訳には行かなかったので、上司から強引にお願いしてもらいました。その結果、ネジ穴の無いカセットテープについてはA面の該当箇所に、ネジ穴を模した凹を追加してもらえることになり、ようやく準備を整えることが出来ました。

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Part2. 検出スイッチ

これでカセットテープ側のAB面検出システム導入の事前準備は整いました。あとは、採用候補に挙がったWM-600にメカニズムを導入するだけです。早速、検出スイッチの検討を始めましたが、これが思ったより難問でした。なぜなら、設置を想定した場所は厚さ1ミリの板金シャーシでしたが、シャーシの裏面にはメカ部品が密着していたからです。検出スイッチは、シャーシに穴を開け、そこに入れることになりますが、シャーシ裏面より下は使えないため、スイッチの厚みはシャーシの厚みと同じ1ミリ以内でなければなりません。しかし、そんなスイッチは見たことがなかったので、社内で開発することになりました。

そして検討の結果、まず厚さ0.02ミリのステンレス板で縦横10ミリ×5ミリ、厚さ1ミリのトレイを造り、底に穴を開けてフィルムプリント基板を貼り付けました。そして、その上面にベロの様な可動電気接点をもつフタを取付け、ベロの中央付近に高さ1ミリの凸を設けました。つまり、スイッチ自身はシャーシと同じ面に納まりますが、凸はシャーシから1ミリほど出っ張ることになります。この凸部を、カセットテープのA面のネジ穴の真下に来るように配置しました。
これにより、カセットテープを「A面」にセット、つまりネジ穴がないB面がシャーシ側にくるようにセットしたときは、カセット本体でベロ部の凸が押しこまれ、ベロの先端が(トレイの底に貼り付けた)フイルムプリント基板上の銅箔パターンに接触します。このパターンはICの入力に接続され、ICは「接触」を検知してON(=A面)と判定します。反対に、カセットテープを「B面」にセットした時は、ネジ穴のあるA面がシャーシ側にくるため、凸はネジ穴の凹に入るため押されることはなく、スイッチはOFFのままとなります。

これで、スイッチの構造は完成しましたが、そんな薄い板金の箱をどうやって組み立てたら良いかが、分かりませんでした。すると、その話を隣で聞いていた、ウォークマン用モーター設計のため他社から出向されていた担当者が、嬉しそうに「実は、うちの会社はその組み立て技術については日本一です」と言ってきました。聞いてみると、この会社は、TV用ブラウン管の電子銃を造っており、そのため電子銃の電極に薄くて細長いステンレス板を溶接していました。その技術はスポット溶接と言いますが、その中でも特別で、非常に小さいものでも溶接することが出来るとのことでした。まさに天の助けでした。
早速、検討をお願いすることになりました。そして、スイッチは完成し、無事WM-600に導入することが出来ました。

フィルムプリント基板を貼る前のAB面検出スイッチ。左がトレイ側、右がフタ側から見た写真

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Part3. 次世代メカデッキへの展開

このWM-600の「A面/B面自動検出機能」は、市場でそれなりの評価が得られたことから、ぜひ今後の機種にも搭載したいと思いました。そこで、設計進行中であった、次世代メカニズムの担当者にそのことをお願いしたところ、断られてしまいました。理由は、この次世代メカデッキは、カセットテープA面のネジ穴の場所に、メカリンクのための軸が存在しており、10ミリ×5ミリの角穴をあけることが出来なかったからでした。残念、これで終わりか・・・と思ったとき、あるグッドアイデアが浮かびました。さっそく担当者に、「この軸を内径1.2ミリのパイプ(穴のある軸)に変更することは可能か」と確認したところ、「可能」との返事をもらいました。
つまり、軸の真ん中に穴を開けて、検出スイッチを設置しようというアイデアです。
具体的には、メカデッキの下側のプリント配線基板上の、ちょうどカセットテープのネジ穴が位置する場所に、プッシュスイッチと呼ばれる、直径1ミリほどのピン状のプッシュバーが真上に付いているスイッチを設けることにしました。
そして、そのプッシュバーをメカデッキのパイプ軸の中を通し、メカシャーシから1ミリほど飛び出させることにしました。これで、カセットテープのネジ穴の有無を検出することが可能となりました。
因みに今回のスイッチは、既存プッシュスイッチのプッシュバーの長さを変更する必要がありましたが、部品メーカーの標準品であったので、非常に安く購入することが可能でした。さらにプリント配線基板上に直接実装できるため手間がかからず、WM-600のときよりもはるかに低いコストでA面/B面検出機能を搭載できるようになり、結果、より多くの機種で採用されることになりました。

このように「A面/B面自動検出機能」の導入には、途中多くの局面で様々な障害が発生しましたが、簡単にはあきらめず、そして、その都度、多くの方々の協力と、さらに幸運にも恵まれて、世の中に送り出すことができました。

因みに、先日100円ショップでカセットテープ(中国製?)を買いましたが、ネジ不要の構造にも関わらず、何と、A面のネジ穴部分に凹がついていました。ひょっとしたら、いつの間にかカセットテープの正式規格になっていたのかも知れません。

(談:S様)

 

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