ウォークマン開発ストーリー Vol.5

WM-20(1983)

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Part1. WM-20誕生

ある日、ウォークマンのデバイス担当が、面白いモーターを思いつきました。
それは厚さ4.5ミリの扁平形で、長い軸受けを持っていて、サプライリール(カセットテープの供給側のリール)の真下にあるような構造でした。
つまり、リールの中に軸受けを設けることにより、長い軸受けのモーターが実現可能となり、その結果、回転ブレの少ない超扁平モーターが造れるようになるのです。
そしてこれを使えば、カセットケースサイズのウォークマンが実現できるのではないかと思い至ったのです。

早速、メカ担当による詳細検討が開始されました。その結果、カセットケースサイズにすると、ヘッドブロック、電池、ジャック、ボリューム、そして電気部品がはみ出してしまうことが分かりました。
そこで、このはみ出したブロックを何とかしようと考えた末、「筐体を伸縮式にして、カセットテープが入っていないときのみカセットケースサイズ」とするアイデアが生まれました。
これにより、ジャック、ボリュームとヘッドブロック、そして単三電池が1本だけなら入ることが分ったのですが、電気部品はまだ残っていました。
しかも、電池を一本にするためには、それまでウォークマンでは前例の無い、1V以下で動作する電気回路が必要となります。
従って、電気担当には、電気部品をどこかに押し込む検討に加え、更に1Vの回路検討が追加されることになりました。

そして検討の結果、まず、電気部品はチップ(リード線のない)部品を使うことで、何とかメカのすき間に入れることができました。
また、1V以下で動作する回路についても、専用の低電圧動作ICの開発によって解決の目途が立ちました。
しかし、肝心の音質については、ヘッドフォーンを駆動する出力が従来の1/4以下になってしまったことで、十分な音量が得られなくなっていました。

そこで、ヘッドフォーンのスピーカーユニットを大幅に小型化し、耳の中まで入るスタイル(バーチカルインザイヤー)のヘッドフォーンを新たにデザインしました。
これによりスピーカーユニットが鼓膜に近づき、1/4の出力でも十分な音量が得られるようになりました。

これらにより、どうにかカセットケースサイズウォークマンの可能性が見えてました。しかし、その実現には、他にも多くの問題を解決する必要があったのです。

Part2. 会長へのクリスマスプレゼント

1982年の12月半ばになっても、試作機には多くの問題が残っていました。
しかし、25日までには解決する必要がありました。なぜならその日は、会長とのミーティングが予定されていたからです。

このミーティングは、元々はウォークマン一号機の開発にあたって、事業部長の意向で、会長の考えをプロジェクトメンバーにも一緒に聞いてもらう目的で設けられたものでした。そして、ウォークマン一号機が発売された後も、革新的な商品が出来たときに会長に見てもらうイベントとして続けられていました。
この時は、会長へのクリスマスプレゼントということで、12月25日に設定されていたのでした。

試作機の問題の中で、最も深刻だったのは、ICが完成するまでの間の暫定回路の不具合によるモーターノイズでした。症状としては、ヘッドフォーンからモーターノイズが聞こえるというものでしたが、そのレベルは半端なものではありませんでした。例えるなら、アスファルト道路の掘削工事現場のすぐ横でウォークマンを聞いていると思ってもらえば良いと思います。音楽に集中すれば、どうにか騒音の中に埋もれた音楽らしきものが確認出来る、という状態で、到底、人に聞かせられるものではありませんでした。
そしてそのノイズは、25日になっても、ほとんど改善することができませんでした。
事業部長は「頑張ったのだからしょうがない。まあ俺が叱られれば済むことだ」と覚悟を決め、そのセットを持って行くことにしました。

当日、会長はカセットケースサイズのその試作機を手に取って、満足そうにヘッドフォーンを耳にかけ、再生ボタンを押しました。
そしてしばらくして、「これは素晴らしい、発売日が本当に楽しみだ」と言ったのです。
ノイズについては、まるで気づいていないかのように、一言も触れられませんでした。
この時から、会長を心から尊敬するようになりました。
そして、発売日までには完璧な商品に仕上げることを心に誓ったのです。

 

Part3. ノイズ対策

試作機のヘッドフォーンから聞こえた強烈なモーターノイズは、低電圧動作ICが完成すれば消えるはずでした。しかし、このICを組み込んだ後もノイズはまだ残っていました。

原因は、モーターの電磁ノイズが、モーターが付いているリールブロックを経由してヘッドに飛び込んでいたのでした。
対策として、リールブロックを左右に分割し、モーター側リールブロックを密閉構造にして電磁ノイズの漏れをなくしました。
これで、やっとモーターノイズは消えると思いました。

しかし、今度は電池が消耗したときにノイズが発生しました。
これは、ヘッドフォーン駆動ICの低電圧動作時の問題と分かり、補正回路により何とか対策が出来ました。

しかし、対策後またもやノイズが発生したのです。
このノイズは、ACアダプター使用時では発生せず、本体の乾電池のときだけ発生しました。試作検討中は外部電源を使うため、気づくのが遅れてしまったのです。

調査した結果、乾電池に流れる電流のモーター成分により生じた電磁ノイズが、すぐ隣にあるヘッドに飛び込んでいたのが原因でした。 しかし、今度はスペースがないため金属で遮蔽することは出来ず、回路的な対策方法もありませんでした。

試行錯誤を続ける中、乾電池のプラス端子と基板をつなぐリード線を動かしたとき、ノイズレベルが変わることに気づきました。
そこで、リード線の引き回し経路を変えて、ノイズをキャンセルできないかと考え、色々な経路を試すことにしました。

しかし、どの配線経路も完全にノイズを消すことが出来ませんでした。もはや絶体絶命か・・と諦めかけていた時、 まだ一か所配線経路があることに気付きました。それは電池ボックスの中です。電池は円筒なのでコーナーにはスペースがありました。

通常、電池交換時に見えてしまうため、ここには配線しません。また今回の場合、電池端子のはんだ付け場所も変更しなけれなりません。しかし、状況が状況だったので、ダメ元で確認することにしました。

まず、電池端子に最も近いルートから始めました。すると、なんとノイズが消えたのです!最初はミスして通電してないのかと思いましたがそうではありませんでした。信じられなかったのですが、台数を増やし、さらに色々な乾電池で確認しましたが、どれもノイズは発生しませんでした。

試作中、様々な原因により常に発生していたモーターノイズでしたが、ようやくこれで全て解決することが出来ました。

実はこのとき、すでに最終試作に入っており、これが治らなければ、発売が遅れる可能性があったのです。
このときは、まさに奇跡により救われたと思いました。

 

Part4. プリント基板メーカーの協力(疑似三層プリント基板)

WM-20は、外装をカセットケースと完全に同じ寸法にしたかったのですが、プリント基板を本体に収めた所、厚みが0.2ミリオーバーしてしまっていました。そこで、プリント基板メーカーの営業担当に、「0.5ミリでなく、0.3ミリのプリント基板は出来ないか」と相談しました。
すると、「通常のプリント基板のベース材は0.1ミリのガラスエポキシ材を5枚貼り合わせているので厚みが0.5ミリだが、これを3枚にすれば0.3ミリも可能」との回答をいただきました。
おかげで、無事ジャストカセットケースサイズを実現することが出来ました。

その後、プリント基板メーカーにはさらにもう一つ、大きな助力をいただきました。

それはモーター駆動回路のプリント基板(サーボ基板)でした。
実は、ここに使うサーボICの完成が発売日に間に合わないことが分り、それまでの間、一般部品で回路を組むことになりました。
当然、部分点数は大幅に増えるため、サーボ基板は両面銅箔のプリント基板を採用し、部品も両面に実装することで、辛うじて全部品を載せることは出来たのですが、部品が密集しすぎて部品同士をつなぐ配線パターンが通せなかったのです。
そこで、三層プリント基板(両面に加えて基板の中にも銅箔の配線パターン層がある基板)を考えたのですが、これはまだ開発途上のため、使えないことが分かりました。
どうしたら良いか悩んでいたとき、エレベーターの中で先日の営業担当にお会いしました。そのときアイデアがひらめき、とっさに「0.1ミリのプリント基板もできますよね!」と切り出した。ご担当は一瞬、回答に詰まったが、「できます!」との返事。さらに、「反対面に両面接着剤をはれますか?」と確認すると「できます」と言ってくれたのです。
そのおかげで0.5ミリの両面銅箔のプリント基板に0.1ミリの片面銅箔のプリント基板を貼った、疑似三層プリント基板をつくることが出来、サーボICが完成するまでの間の全部品と配線パターンをサーボ基板内に収める事が出来ました。

それから数年経った後、私の同僚がその営業担当から聞いた「当時の話」をしてくれました。
プリント基板素材メーカーから基板素材(加工前のプリント基板)を購入する際は、最小受注量以上の購入が必要です。基板メーカーの営業担当も、0.3ミリのプリント基板(メイン基板用)はそれをクリアー出来る使用量であることが想定できていたのですが、0.1ミリは突然の話でかつ詳しい用途説明もなかったため、使用量が全く想定できなかったようでした。しかし、こちらの切実感が伝わったのでしょうか、営業担当は即答してくれたのです。あの時、返事が一瞬遅れたのはそのためだったのだと初めて気づきました。

結果として、サーボ基板はサイズが小さく、さらにサーボICが完成するまでのつなぎであったため、大量の基板素材が残ってしまったそうです。しかし彼は顧客に会うとき、「うちでは、こんなものも造れます」と0.1ミリのプリント基板サンプルを紹介することで、会社のイメージアップに成功したと言ってくれました。

この話を聞いたとき、申し訳ないことをしたと思ったと同時に、その時の営業担当の即断に、改めて感謝したのでした。

 

Part5.チップ部品実装のブレイクスルー

WM-20の製造にあたり、ウォークマン初のチップ部品(配線用リード線のない部品)実装システムが採用されました。テープレコーダーでのチップ部品を使った実装システムは、既にマイクロカセットレコーダーで導入されていましたが、あくまでも小規模なシステムでした。しかし、ウォークマンのメイン機種となると、生産台数はその数十倍になるため、本格的なシステムが必要となりました。そこで、事業部と製造部とで、チップ部品実装システムの共同導入プロジェクトを結成し、製造部は実装機や実装に必要なペースト半田の導入を、事業部はチップ実装プリント基板の設計ルールを中心に検討を進めました。

因みに、チップ部品実装システムとは、ベルトコンベアーに乗せて移動するプリント基板の銅箔パターン部分に、まずペースト状の半田を塗り、そこに実装マシーンにより、チップ部品をくっつけて、その後リフロー炉(いわゆる加熱オーブン)の中をゆっくり移動させながらペースト半田を溶かし、チップ部品の電極を基板のパターンに半田付けするという一連の作業を実行する装置です。

実はこの時、製造担当はサーボ基板のため、一歩進んだ新しい使い方を考えていました。

サーボ基板は、三層の銅箔パターンにするため、0.5ミリの両面プリント基板と0.1ミリの片面プリント基板の2枚を使います。設計担当は、まずそれぞれのプリント基板の片面に部品を実装し、そのあと2枚を張り合わせるつもりでした。

ところが製造担当は、最初にプリント基板を張り合わせ、そのあと両面に部品を実装する方法を検討していました。
実は、0.1ミリのプリント基板は、ガラスエポキシ材1枚に銅箔を貼っただけなので、柔らかくて平面度が出ず、チップ部品の実装がかなり難しいことが予想されていました。この方法なら、この問題を解決することが出来、さらに、張り合わせた後のプリント基板間をつなぐ半田付け作業も不要となります。

しかし、この方法だと片面に部品を実装した後、反対面に再度チップ部品を実装することになり、2度リフロー炉を通さなければなりません。従来どおりの手法では、2度目のリフロー時に片面に実装済み部品の半田が溶けてしまうため、実現は不可能でした。

そこで、製造担当は、半田メーカーに融点の低いペースト半田の開発を依頼しました。この半田をどう使ったかというと、まず疑似三層基板のA面を通常の融点の高い半田で実装、そのあと、リフロー炉の温度を下げて、B面を特注の融点の低い半田で実装しました。この温度差により、実装済みのA面の半田が溶けて部品が落下することを防いだのでした。
当時、この方法をソニーの他事業部が導入したのは、それから数年後であったことから、これは、かなり早い導入だったと言えます。

WM-20は、このように、社内担当の知恵や努力に加え、基板メーカーや半田メーカーといった外部の協力会社の力に支えられて世に出すことが出来たのです。

(談:S様)

 

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