ウォークマン開発ストーリー Vol.17

WM-EX606(1992)

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コストダウンへの挑戦

1990年ごろ、私が所属する「ウォークマンのニューフィーチャーを考える部門」では、WM-EX909のスタミナメカを開発していましたが、同じころ、それとは別のメカデッキのアイデアがひらめきました。
それは、今までは正逆転モーターとトリガーマグネット(Vol.16参照)が必要だったロジック式リバースウォークマン用メカデッキを、正逆転モーターだけで実現しようというものでした。当時トリガーマグネットはモーターの次に高価な部品だったため、これを排除できれば大幅なコストダウンが見込めました。

具体的には、メカ内部にテープ駆動と動作モード切り替えを制御する可動ギヤを設置、モーターを逆回転させると駆動メカとかみ合っていた可動ギアが外れ、動作モード切り替え側のメカにギアがかみ合い、モードを切り替える(フォワード再生→リバース再生など)というものです。(※1)

また、メカのモード切り替えにモーターの逆回転を利用するため、リバース再生・巻き戻しを含めた全てのテープ駆動をモーター正回転で実現しているのが特徴です。

早速、スタミナメカの設計者にその原理を説明したところ「実際に試作してみないと何とも言えない」と、もっともな意見が返ってきました。しかしこのとき、当部門には手の空いているメカ設計者がいませんでした。
そこで、残業時間を使い、自分で設計することにしました。私は電気設計者ですがメカが大好きで、以前から一度メカデッキを設計したいと思っていたからです。

早速、厚手の方眼紙に、鉛筆を使って、検討図(構成部品を重ね描きした図)を描き始めました。
この頃、メカ設計にはCAD(コンピュータによる設計システム)が使われていましたが、私はCADが使えなかったので、昔ながらの「手描」で設計することにしました。
しかしそれは、想像以上に大変な作業でした。なぜならCADであれば設計に必要な、カセットテープ、ヘッドなどの図面はメモリーから引き出せますが、「手描」設計では、全て手描きしなければなりません。そのため1週間が過ぎても本来の設計に入ることが出来ませんでした。このとき「素人にはやっぱり無理かな」と思いましたが、まだ始めたばかりなので、もう少し頑張ることにしました。
そして1カ月が過ぎましたが、設計は20%も進んでおらず、さすがに「もはやこれまでか」と思いました。
しかしここで諦めたら、アイデア通りに動くことが確認できませんし、今までの苦労も水の泡となってしまいます。

そこで、設計方針を変更することにしました。
具体的には、設計目標を、完璧なメカデッキではなく、動作原理を確認するためだけのメカデッキを造ることに変更しました。
そして、複雑なヘッドまわりの設計を省略することにしたのです。ですので、再生状態はフォワード、リバースとも、リール軸がゆっくり回転することで確認することになります。
この方針変更のおかげで、設計はかなり楽になりました。そしてしばらくして、全ての設計を完了することが出来たのです。
しかし次に、これらの部品を試作メーカーに作ってもらわなければなりません。そのためには「部品図」が必要です。これもCADであれば、設計完了と同時に完成するのですが、今回は手描きです。そのため、全ての「部品図」が完成したときには、すでに設計開始から4か月が経過していました。

それから数週間ほどして、試作部品が納入され、早速、組み立てを開始しました。
しばらくして「原理メカデッキ」は完成。それにロジック回路を接続し、動作確認を始めました。
そして、操作ボタンを押したところ、メカデッキは見事に指定されたモードにセットアップし、メカを駆動してくれたのです。
これにより、トリガ―マグネットがなくても、ロジック式リバースウォークマン用メカデッキが実現できることが立証されたのです。
早速、ウォークマン部門長に「原理メカデッキ」を見てもらった後、商品化設計部門に在籍するメカ設計者(※2)に見せました。
彼は、試作品が動作するのを見て、納得し、そしてすぐに動作原理を理解しました。こうして製品版メカデッキの設計が始まりました。

半年ほど経ったころ、彼は完成したメカデッキを見せてくれました。
勿論、それは「原理メカデッキ」ではなく、全ての動作をする、トリガーマグネットを使わないロジック式リバースウォークマン用メカデッキだったのですが、同じ原理のメカデッキとは思えないほどシンプルにまとめられていました。また、「原理メカデッキ」ではモード検出用として回転スイッチを使いましたが、今回は安価なスライドスイッチに変更されており、さらにメインのプリント配線基板に直接取り付けることで、製造コスト(工数)の改善も図られていました。

そしてこのメカデッキは、高価なトリガーマグネットが無いだけでなく、部品数も少なくシンプルなため、セット価格を低く抑えることが可能なことから、まずはベーシックウォークマンWM-EX606に搭載されることになりました。
その後WM-EX555、WM-EX666、WM-EX511、WM-EX911など、数多くのウォークマンに採用されました。

可動ギア動作概念図

※1:動作解説:操作スイッチ(再生ボタンなど)を押すとモーターが逆回転し、駆動メカを操作スイッチで指定されたモード(フォワード再生、早送り、停止、巻き戻し、リバース再生の5つポジション)へ移行する。その直後モーターが正回転してモードの動作を開始する。
例えばフォワード再生中に、リバースボタンを押した場合、モーターが逆回転し駆動側の「可動ギヤー」が外れ、フォワード再生は停止する。同時に、「可動ギヤー」がモード設定側につながり、駆動メカのモード切換レバーを「リバース再生モード」ポジションに動かす。そして、(モード切換レバーと連動している)モード検出スイッチが「リバース再生」モードのオンを認識し、モーターを正回転に戻す。そうすると今度はモード設定側の「可動ギヤー」が外れ、再度メカ駆動側につながる。その結果、モード切換レバーは「リバース再生」モードに留まり、その状態で動作が開始されるため、リバース再生が始まる。なお、動作中に停止ボタンを押したときは、モーターが逆回転に入って、モードスイッチが「停止」を検知したところでモーターは(正回転ではなく)停止となる。

※2:以前から、メカデッキの設計センスがあると(私が)思っていた設計者。

(談:S様)

 

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